【藤沢モスク問題】今まさに行政の対応が厳しく問われる!

外国人問題

火に油を注ぐことにならないか?令和7年10月17日市側の回答文書

今夏以降、市内に建設予定のモスクに対する批判や反対意見が相次ぐ中市当局として5項目にわたる正式な回答文書を提示しました。
要約すると、

POINT① 民間事業者が民有地において計画している事業であること
② 都市計画法に適合していること
③ 開発行為や建築確認に関する許可は正当であること
④ 許可の取り消しは出来ないこと
⑤ 一連の手続きに関して瑕疵はないこと等

綴っております。

ただ、ここで注視する点として挙げるならば、市当局は「モスク建設計画について令和5年8月に事業予告板を掲示した」から、それで説明責任を果たしているという態度です。
説明会開催を事業者に義務付けているならば、いつ、どこで、どんな形式で開催してきたのか、当局としてしっかり把握しなければなりません。
それを民間事業者に押し付けるだけで、住民サイドに説明してきたとするならばそれは問題のすり替えと言われても仕方ないでしょう。
今回これほどまで住民が躍起となって騒いでいる要因は、説明がごく一部の者に留まり、計画の手続き過程で大多数の住民が疎外感を感じていることではないでしょうか。
住民サイドが求めていることは、合法か否かだけでの話しではないこと、を肝に銘じるべきです。

なぜここだけが・・・? 今や外国人問題の縮図となった藤沢市

21世紀に入って、日本各地でモスクは建設されてきましたし、既に県内数か所の市町村にモスクは存在します。
にも拘わらず、何故今回の藤沢の事例だけが、これほどまでに全国的な注目を集め、大きな議論を呼んでいるのでしょうか?
現時点の日本政府による外国人政策そのものが、非常に曖昧な状態を引きづっております。
労働力として外国人を必要としているのに、移民国家であるとは明言していませんし、「受け入れているのか」あるいは「一時的に預かっているのか」その全体像が国民や地域住民に十分説明されていません。

この不透明さが、地域社会の環境が変ってしまう、私たちの街が変な形で浸食されてしまう、という恐れを抱かせるようになります。
そしてそれを助長させたのは、何と申しましてもSNSの存在です。
20世紀までは、自治会や地元説明会等での、ある程度閉じた空間で完結していた話題が、瞬く間に全国レベルで拡散するようになりました。
藤沢の実情を十分に知らない人たちが、SNSを通じて各自の不安や思想を重ね合わせ、この「藤沢の問題」「日本全体の縮図」という形に置き換えて、他の都市へ波及させ問題を拡散させていくのです。
行政は今までの様に「うやむや」「時間での解決」「任期交代での無責任」「解らないだろう」は通用しない時代になっています。

行政が逃げれば、その先には混乱と対立が顕在化する

今回のモスク問題のポイントは、イスラム教やムスリムに対する偏見というより、住民に対する行政側の説明不十分の点にあったと思います。
これまでも近隣住民から、

問題点① モスクへの人の出入り
② 交通量や駐車スペース
③ 騒音や周辺環境への影響
④ 行事が集中する曜日や時間帯
⑤ 地域のルールを守れるか否か等

ごく当たり前の疑問と不安の声が寄せられました。

これに対して行政はどう答えてきたのでしょう・・・。
合法的だからとか、信教の自由だからとか言って、その場をやり過ごしてきたのではないでしょうか・・・。
行政からよく聞かれる説明に、「これは民間同士の問題だから」という釈明があります。

しかし今回のような施設は前述した通り、

① 都市計画
② 開発許可
③ 交通安全
④ 防災
⑤ 周辺環境

といった、多くの点で行政側の判断と責任が伴ってきます。
にも拘わらず行政が前面に立たず、かつ説明や調整を十分に行わなかった場合
、結果として住民同士の間でも、また事業者とも直接対立する構図が生じてしまいます。
このまま放置した状態が続くと、

放置した状態が続くと① 本当の規模はどれくらいなのか
② 今後用途が変ることはないのか
あるいは
③ 管理は誰が責任を持つのか

といった疑問が解消されないまま不安は増幅していくでしょう。
その先に見えてくるのは、対立と分断です。

藤沢市が本当に共生社会を目指したいならば・・・

今までも外国人労働者が多く働くエリアでは、同様の問題が発生してきました。
そこにおいての地域住民との軋轢をそのままにせず、行政が前面に立って両者の対立を防いできた市町村もあることに着目しなければなりません。
そもそも共生が上手くいっている都市は、「みんなが仲良く」などといった幻想を抱いておらず、信条や文化が違うのを前提としつつ、守るべきルールだけは明確にしております。

仮に宗教的理由があったとしても、

① 違法なことは違法
② 危険なことは危険
③ 周囲への影響に最大限配慮

といった方針を徹底化し、また具体的な生活のルールに関しても、原則例外は作らず、国籍問わず、共有させております。

こうした線引きがブレない市町村ほど、トラブルが少ないという現実に目を向けるべきでしょう。
行政が調整役として決して逃げないこと。

共生が崩れる最大の要因は、小さな不満の放置と言われております。

小さな不満の放置① ゴミ出し
② 騒音
③ 駐車など

その内慣れるだろうと流してしまう地域ほど、ある日突然、地域からの不満が爆発します。

相手と分かり合おうとするのではなく、守るべき線だけは守ってくれれば良い、という形で、後は深入りしないという距離感が、結果的に平和を保つことに繋がっていくのです。
行政が、何でもかんでも全部面倒を見なければならないと、言っているのではありません。

先ず行政サイドが、例えば

POINT① 地域行事への参加
② 防災訓練への参加
③ 自治会との定期的な話し合い

などについては外国人自身が社会的責任を果たすという位置づけで、積極的に促すことが必要だと思います。

日本では、自由がある代わりに守る義務があることをしっかり理解させ、自分たちの果たす責任を自覚させることが、共生社会の土台となるのではないでしょうか。

元衆議院・参議院議員:水戸 まさし

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