【私は問う!】行政のあるべき姿 ①

地域問題

市民と向き合う藤沢市政であって欲しい!

初動体制の重要性を認識すべし!

地域における色々なトラブルや社会問題は、最初から大きな対立を孕んでいたわけではありません。
むしろ、当初はそれらに対する「不安」や「違和感」といった、住民サイドの小さな声から始まっています。
それが何故、行政への大きな不信感や、あるいは住民同士の深刻な対立や感情的な分断へと発展してしまうのでしょうか・・・。

その過程を振り返ると、ある意味共通点として見えてくるのが、行政による初動体制の遅れや、姿勢の不透明さであると思われます。
例えば、何か公共的な施設を建てる計画があったとしましょう。
行政はプロですので、都市計画や開発許可に関しては法令に基づき適正に進めていきます。
しかし、そこで「手続きは合法である」という点だけに固執して、住民感情への配慮や丁寧な説明を後回しにすると、住民側は置き去りにされたと感じるでしょう。
その結果、不安は憶測へと変わり、ネガティブな噂が広がり、ひいては行政不信のみならず住民間の対立へと発展していきます。

初動において行政が取るべき姿勢は、何もそこで結論を出すことではありません。
むしろ、

POINT① 現時点で何が分かっていて、どこまで決まっているのか?
② 何が未定なのか?

等について率直に示し、早い段階で対話の場を設けることです。
仮にそこで住民側から厳しい意見が出たとしても、それを正面から受け止める姿勢を示すことが、結果として問題の沈静化に繋がっていくのではないでしょうか。

初動で誠実さを示さなかった、行政の失敗例

初動の段階で誠実さを示せば、住民は必ずと言って良いほど、行政を「対話の相手」として認識するでしょう。
逆に初動を誤れば、ボタンの掛け違いが生じ、小さな課題はやがて市政全体への不信へと発展していきます。
今までもこのようなケースは枚挙に暇がございません。

例えば全国的に展開されている「再生可能エネルギー」に関し、地方に行けば行くほど、メガソーラーや風力発電が多く立地されていますが、北海道はじめ青森や福島、岡山などのエリアでは、地域住民による環境や景観および安全への懸念が広がり、反対運動を助長して計画を断念したケースが散見されます。
また、千葉県市川市や兵庫県芦屋市などでは、保育所建設を巡って騒音や交通安全からの反発で、住民理解が十分得られず、計画破綻に繋がったケースもあります。
いずれにしても、建設自体に違法性はありません。
また計画の手続きにも瑕疵はありません。しかし何故、途中でそれにストップが掛かってくるのでしょう。
それは一口で言うと、我が国の行政計画は押しなべて、住民サイドとの「合意形成」を前提にしているからです。

また、保育所建設を巡って住民サイドは、子育て支援は理解しつつも、
前述したように

POINT① 送迎車両の増加
② 騒音
③ 安全不安

など、自分たちの生活環境が侵されることに行政は向き合ってくれるのか、という疑念は当然出てきます。
行政はこれを正面から受け止めず、「基準は満たしています」「他でもやっています」と答えた瞬間に、そこで対話は終わってしまいます。

合法だから何でもOKと解するのは大間違い!

上記のケースを仮に藤沢市に置き換えた場合、以下のことが想定されます。
例えば市街化調整区域内に太陽光パネルをずらっと並べる計画が出てきたとします。
役所内ではおそらく、「法的には問題のない案件」で、そして「民間の事業なので、市は中立的な立場」で臨もうとするでしょう。
ところが、現地の住民がその計画を知るのは、工事の看板が立った時だったりします。
作業車が入り、木が伐採され、土砂が運搬されるのを見て初めて、住民は気付きます、「あれ?何かが始まるんだな・・・」と。

その後、おそらく住民サイドから役所宛に、何度も問い合わせの連絡が入るでしょう。
やむを得ず説明会を開くことになるのですが、そこで行政や事業者は、「国のエネルギー政策の一環です」「法的に問題はありません」「基準は全て守っています」と主張するでしょうが、住民が聞きたいのはそんな類の返答ではありません。
「なぜ、この場所なのか?」「景観はどうなるのか?」「安全面は大丈夫なのか?」等々、自分たちの暮らしに照らしての疑問点なのです。

ここで行政が自分の言葉で答えられなかったら、どうなるでしょう。
住民側として、「決まってから説明される」「責任は事業者に押し付けている」といった形で、行政への不信感は高まり、住民による反対運動に発展していき、計画の進行は硬直状態に陥ることは、過去何度もありました。

モスク問題も同じような経過を辿ってきた・・・

藤沢宮原地区のモスク建設を巡っても、同様な経過を辿ってきた感がします。
報道ベースではありますが、そもそも建設計画の話が持ち上がったのは既に2年以上前でして、その後、都市計画法に基づく申請手続きがなされ、合法的に開発の許可が下りました。
それではそれから、どんな形で住民サイドにアプローチしたかというと、既存の建物を取り壊す前に計画看板が掲げられ、そして事業者側が一部の住民だけを集めて説明会を開いたものの、広範囲な住民説明会は開催された経過はありませんでした。

もちろん市が主導して説明会を実施したことも確認されずに、今に至っているというのが現状です。
ましてや、昨年10月17日の段階で、市が「モスク建設に関するお問い合わせについて」公式文書を公開しておりますが、以前にも触れました通り、市としては

POINT① 民間レベルの話であること
② 合法的に処理されていること
③ 手続きに瑕疵はなこと等という

ある意味素っ気ない回答内容でありました。

実際に昨年の秋以降、騒ぎになって初めてこの建設計画自体を知った住民がほとんどという状況で、建設の是非を問うこともさることながら、仮に建設された場合の生活環境への懸念に市側が何も答えてくれないという不信感が増幅しております。

これって、前述したようなケースと類似しているのではないでしょうか。
すなわち、「説明が遅い」「行政が当事者として出てこない」というような感情がさらに高まっていくと、その行きつく先がどうなっていくのでしょう。宗教や民族が嫌いとか、施設がダメとか、共生社会はノーとか言うことよりも、そもそも行政サイドの進め方が悪いのではと言わざるを得ません。

元衆議院・参議院議員:水戸 まさし

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